今夏に中目黒のVOILDで開催した小町渉による個展「KAMO River Runs Through It」。扉を開けてみると空間一面にブルーが揺らぎ煌めき、来場者全員がその神秘的な雰囲気に魅了されていた。新宿で生まれ育ち、最近拠点を京都に移したストレンジャー(彼)から見た京都を表現した今回の展示。展示以外にも俳優/映画監督 故デニスホッパー氏との出会いや作品製作を始めたきっかけから、京都に移してからの彼の新たな制作活動について伺った。

 

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■若い頃から音楽に触れ続けていたそうですね。そこからアートに興味が湧いたきっかけを教えてください。
若い頃バンドを組んでいて、アート活動は特に行っていませんでした。もちろん好きではあったので、横尾忠則さん,アンディ・ウォーホル,バスキアやキースヘリングなどは見ていました。20代の時はミュージシャンになりたかったんですよ。
そこからアートに引き寄せられたきっかけは、俳優/映画監督 故デニスホッパー氏との出会いでした。バンドではフライヤーを作ったりギターにコラージュなどをしていました。
ある日、彼の映画のパンフレットの為のコラージュを日本の映画配給会社から依頼を受けたんですね。でも先ほども言ったように当時は、音楽活動の方に比重を置いていたのでアルバイト気分で引き受けてみたんです。
その後、映画配給会社の担当の方からデニス本人がオリジナルを購入したいという申し入れを伺いました。当時はバンドを続けながらも、まだアルバイトも掛け持ちしていた時代でした。なので、本人に会ってみるのもいいかな?ぐらいに思っていて。そしたら、たまたま日本の雑誌社に本人の自宅に一緒に行こうと誘われるチャンスに出会いました。そういう色々な偶然が重なり、LAのスタジオに向かうことになったんですね。彼はでアートコレクターとしても有名だった程、アンディウォーホールを始めアートと密な付き合いを持っていました。

だから彼のスタジオに入ると、今まで画集でしか見たことなかった作品がスタジオに飾ってあり、強い衝撃を受けましたね。例えばバスキア、ラウシェンバーグやアンディウォーホールなどの長年見てみたいと思っていた本物の作品が飾ってあったんです。それに彼の解説付きで数々の本物を見て回りました。当時バンドもうまくいってなかったこともあったと思いますが、本物から受ける強烈なインパクトを受け、そこで意識の変化がありアートの世界に転向しようと思ったのが一番初めのきっかけですかね。

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■そこからアーティストとしての道を歩み始めたわけですが、具体的にどのように活動の幅を広げていきましたか?
美大もデザイン学校で学んだ経験もなく、周りにもそういう人が居ませんでした。だからアートのノウハウが分からないまま、本当に手探りでやるしかなかったですね。一般的な順序や方法も知らなかったので、自分なりに興味があるビジュアルには積極的に触れていきました。例えばアパレルショップやカフェでかっこいいウィンドウディスプレイやアートを見つけたら、そこにアポ無し飛び込み営業しに行ってみたり。そのように少しずつ自分なりの方法で歩んできました。

 

■手探りとはいえ、活動していく中で躓くこともあったのではないでしょうか。
美大や専門学校ですと手法など周りに相談できると思いますが、自分は誰一人周りにそういう人が居ないから当時は辛かったですね。バンド仲間と飲み屋でシルクスクリーンって何だ?なんて相談した記憶があります。当時必ずしもアートだけでなく音楽/SHOP/CLUBなどの様々なカルチャーにまんべんなく魅力を感じ、自然と足を運んでいました。たぶん普通のアートの人より最初からボーダレスに活動していたと思います。それは単純に術を知らなかったってだけでもありますが。

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■ファッションとの仕事を行うようになったきっかけを教えてください。また、元々ファッション自体に興味を持ったきっかけも教えていただけますか。
ファッション自体に関心を持ったのは、アート&デザインの活動も少し安定してきた時期、反面, 作品や自分を取り巻く仕事環境にマンネリを感じてしまっていたんです。 また妻がインディーズファッションデザイナーだったのでその影響は大きいです。

ある日妻が読んでいたイギリスのファッション雑誌に小さく載っていたカスタマイズドT-SHIRTSの写真に衝撃を受けました。それはロンドンのセレクトSHOP「ザ.パイナルアイ(the pineal eye)」)の小さい記事だったんですが、翌週にはお金を工面しロンドンへ飛びました。「ザ.パイナルアイ(the pineal eye)」では(NOKI)(ヴァヴァドゥドゥ)(ドーターオブスタイル)などの既存のブランドにはないDIYスタイルのアート作品とも言える新鮮な服に打ちのめされました。余談ですが、当時の「ザ.パイナルアイ(the pineal eye)」のスタッフはニコラ・フォルミケッティさんでした。

また当時のロンドンの街自体の勢いも肌で感じて「カテゴリーなんて気にせず、自由にやろう」ってすごく楽になったんです。ロンドンの カスタマイズ洋服を取り扱う店ではお店の壁にも若手デザイナーによる素晴らしい絵が描かれているのを見て、アートもファッションも関係ないと感じました。その後に「ザ.パイナルアイ(the pineal eye)」で2回個展を開催し、ファッション業界との仕事にも挑戦するようになりました。

 

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■活動範囲を広げ、色々な人に会う中でもらった印象的な言葉はありますか?
デニスホッパーから直接言われた「偽物は本物より上手いんだぜ」って言葉ですかね。言われた当時は、その言葉の意味を全く理解できませんでした。
でもその後、制作していくうちに徐々に意味が掴めてきて。偽物って要するにお手本があるから、上手く完成できますよね。本物をそのまま模写すればいいだけ。でも本物って最初に何もない所からスタートしますよね。なんのパーツも用意されていないから、制作していく中で細かい所に気が回らない。端っこが少し汚くても気にせずに完成させる。きっと彼が言いたかった意味はそういうことで、本質でもあると思いました。SOMETHING ELSE いう事ですかね。

そしてその言葉は、今でも自分の制作に対する考えに影響しています。自分が絵を描いている中で、常にやっぱり予定調和じゃないものを制作したいと考えています。長く経験を積んでくると、それなりのものが簡単に完成できちゃうんですよ。でも、それだと自分で自分のことを模写しているようでつまらない。だから、常に自分が見た事のない新鮮なテイストのものを追求しています。出来たものが下手くそでも安っぽくてもよくて、そこに特別なものが含まれていればOKと思ってます。未だ自身が見ぬオリジナルをいつか生み出せればと思ってます。なので、彼の言葉を忘れずに当時からずっと深く残っています。

 

■デニス・ホッパーから大きな影響を受けてきたと思いますが、普段から影響を受けるものを教えてください。
もちろんファッションや街で見つけた看板など含め、365日毎日見るものですかね。例えば、展示会場の壁に思いつきで描いた「I WAS A TEENAGE SATURDAY NIGHT HOMELESS」は作品として深い意味を持たないけど、自分にとっては何か引っかかる言葉なんですね。
そのような言葉やイラストが、たとえ作品に直接反映されていなくても、自分の中に積み重なっていくんです。そうしてアイディアや絵を描きまくったノートが数え切れないくらい溜まっていて。制作する時は、その蓄積を最終的にどれからアウトプットするか考えて始めています。全部出すとやり過ぎだから、最後に自分で編集していく感じですね。

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■今回の展覧会のステイトメントも普段の実話を元に制作しましたか?
今回のステイトメントでは、鴨川で起きたノンフィクションとフィクションを半分ずつ混ぜました。自分としては、インスタレーションに対してのイントロを示したかったんです。京都の繊細で不思議な印象を強調したく叙情詩のようなニュアンスを入れた少しファンタジーなステイトメントを書いてみました。

 

■ メインの色彩は、「川」「鴨川」を連想するようなブルーですよね。
そうですね。でも川と言っても、普通の川ではなくファンタジーな「MOON RIVER」をイメージしました。川って、人生や人間一人ずつを表現していると思うんですね。それで今回は「ハッピーエンド」をサブテーマになぞらえました。英語だと本当は「ハッピーエンディング」なんですけど、わざと和製英語を使ってみて。全体的に、色彩も言葉もファンタジーのようなものを多く混ぜてみましたね。

 

■今回はストレンジャーとして京都を見た視点を描いていますが、京都に移ってみてから改めて東京に感じることもありましたか?
僕は新宿で生まれ世田谷で育ち、四半世紀東京で過ごしていました。京都に拠点を置いてから、改めて東京って便利だなと思いましたね。
だから、京都に移った当初は京都を不便に感じました。例えば画材屋が早く閉まるとかものが簡単に手に入らないとか。でも、徐々にそういう不便さがもの作る上においては良いと思ってきて。なんでも満たされて、どれでもいいよって中で暮らしてると案外ダメなんですよね。それは今回のビニールで制作した作品にも表れていますね。キャンバスを注文して待っているって行為が何か制作モチベーションが萎えてしまう様でDIY精神でホームセンターのビニールシートを買ってきて手作りの枠に貼りました。最近自分の中で、作品としてのクオリティはあまり考えず感覚/直感優先で考える様になりました。それは単純に肩の力をすごく抜きたかったっていうのと、今までのアカや手グセを一回リセットしたい気持ちがあったんです。
新しいことを試みてみたいなと思ってます。

 

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◼︎京都に移ろうと思った最初のきっかけを教えてください。
さっき言ったみたいに何か変化を求めていたのもありますね。あと、単純に家の更新をするタイミングで妻が京都に良いアトリエに出来る場所があるよって見つけてきてくれて。それで僕は実際に場所を見ずに写真だけで決めました。それで初めて家に行った時に、初めて自分が借りる家を見た状況でした。(笑)だから、パソコンのMacでいう強制終了した形で東京から離れましたが、逆にそれが新鮮でした。そうでもないと、割とルーティン、変わらない日常の中で制作し続けることになってましたからね。その後は不便さを味方につけ始めたように、環境が変化しても最終的に動じることもなく暮らしてます。

 

■コラージュだけではなく、その素材となる画像も自分で撮影するそうですね。
そうですね。今までは、ヨーロッパの雑誌やストックしていた古本など既存の印刷物からセレクトした素材を使ってました。それは今でも続けてるけど、そのスタイルに対してマンネリ化を覚えてしまって。古本屋行って買ってきて、素材を作品にするスタイル自体が、やっぱり予定調和になってるような気がしました。それはそれで刺激的なやり方なんですが。。
だったら、今までやったことのないオリジナルの素材で制作することに面白さを見つけたんですね。それで一番最初に制作したのが、フランスのドローンミュージシャンのハイウルフが 女性ドローンミュージシャンChicaloyohと来日している時でした。彼に連絡して、京都のアトリエで
撮影した彼の写真を前回の展示で使用しました。今回の展示は、モデルでありミュージシャンの姉妹ユニット(AMIAYA/アミアヤ) さんに協力していただいたんです。ただ今回違う所は、彼女たちにセルフィーしてもらったことです。僕が撮るのも良いとは思うけど、今の時代性を考えると彼女たち自身で撮影する行為の方が合っていると思いました。その時代感をアートに落とし込みました。

 

■2人を選んだ理由を教えてください。
彼女たちのブランド「jouetie」と雑誌「NYLON」の企画でコラボレーションをすることになったのが、初めてお会いするきっかけでした。
それで彼女たちが前から僕の作品を気に入ってくれていた話を聞いて。話しているうちに、彼女たちがすごい音楽も好きなことも分かって次の展示で何か協力してほしいなと思ったんですね。あと 双子の持つ透明で神秘的な所が巫女さんのようにも感じました。それで

「次京都が題材の展示やるんだけど」って相談したら「全然いいですよ」って。

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◼︎京都に移ってから、以前の作品制作スタイルとは変化した部分もあるんですね。
そうですね。昔は最初に自分で想像していた形に重きを置いてました。でも、やっぱり次第につまらなく感じ始めて。所詮形が実現したところで自分の尺の中でしか達成してないからちっぽけに思えたんですね。それだったら、自分が考えてもなかったものが出来上がった方が楽しいので、最近の制作は直感を頼りに進めています。
また以前より、かっこ悪い部分も含まれた自分の内面を反映した作品を制作するようになりました。、下手くそでも作りたい時に作ったものを描いて発表しています。
例えば、年を重ねて長くやっているうちに、(主にクライアントワークスで)失敗できないことが沢山でてきたんですね。
その失敗することも出来ない小さい器が嫌で。なんとなくパッケージされた良い作品って簡単に作れるようになってきてしまって。だから逆に、そうじゃなく下手でもそこに今本当に表現したいと思っているものが含まれていれば自分にとってですが、良い作品だと最近は思い始めました。かっこいいだけでも、綺麗なだけでもない自分の感情も乗っかっている作品。そういう自分の世界をこれからは出していきたいと思ってます。
そういう心境の変化もあり、50歳ですけど、最近久しぶりに楽しいなって感じ始めましたね。

 

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